現行地名では、西日暮里二〜五丁目、西日暮里一・六丁目の大部分、東日暮里四・五丁目、東日暮里二・三・六丁目の大部分、東日暮里一丁目の一部にあたる。
農業用水として利用されてきた石神井川用水(音無川)北、文京、台東区を流れる谷田川の氾濫を防ぐ目的で造られたが、埋め立てられたり暗渠になった。
農産物としては、米のはかに菘(すずな)、葱(ねぎ)、漬菜(三河島菜)、生姜があげられる。
明治22年(1889)市制市町村制法により金杉村(石神井用水以南)、および飛地字千束を除く=現台東区)、谷中本町、日暮里村)が合併し東京府北豊島郡日暮里村が誕生した。
秋の「虫聞き」、薬草摘み
寺院庭園の眺め 雪見寺(淨光寺)、花見寺(妙降寺、修正寺、青雲寺)、月見寺(本行寺)
明治38年4月 日暮里駅誕生